「おできが腫れた」という患者さんが多いのは、どちらかというと暑い季節の印象があります。しかしながらここ数日のてしまクリニックでは、時ならぬ「腫れたおでき警報」発令中。

腫れたおできの代表格「ふんりゅう(粉瘤)」

ひとくちに「腫れたおでき」と言っても、実際のところ、その病状はさまざまです。毛穴や汗の腺などの皮膚の器官が炎症を起こしたものも「おでき」だし、大きく腫れたニキビだって「おでき」と表現されることもあります。しかしなんといっても形成外科・皮膚科で「腫れたおでき」と言えばこれ
「ふんりゅう(粉瘤)」
でしょう。

粉瘤腫(ふんりゅうしゅ)あるいはアテローマ(atheroma)とは、新陳代謝によって、本来ならば表皮から剥がれ落ちる垢などの老廃物が、皮膚内部(真皮)に溜まることによってできる良性の嚢胞性病変の総称である。なお、英語名は「-oma」という接尾語を持つものの、新生物とは考えられていない。表皮嚢胞(epidermal cyst)あるいは類表皮嚢胞(epidermoid cyst)とも呼ばれる。(Wikipedia【粉瘤腫】より)

この「ふんりゅう(粉瘤)」、ぶつけた、こすれたといった物理的な刺激や、体調不良・ストレス過多・睡眠不足などの肉体的精神的負担をきっかけに炎症を起こし、膿が溜まって痛くなることがあります。

炎症の初期であれば抗生剤の内服で収まることもありますが、ひどく膿が溜まってしまうとお薬飲むくらいではにっちもさっちもいかなくなります。

こんな時は、局所麻酔の注射をしてから皮膚を切開します。
中に溜まった膿や、ふんりゅうの本体である袋とその中身を出来るだけお掃除します。

切開後、大事なのは『ドレナージ』

ふんりゅうを切開した後、炎症が治まらないうちに出口がすぐにふさがってしまったら、中の空間に血やら浸出液やらが溜まって元の木阿弥となってしまいます。
そこで大事なのが『ドレナージ』
中に溜まってくる「汁」を外に追い出すための通路を確保するのです。

その通路となるのが「ドレーン」。
この「ドレーン」として、約10年前のわたしが使っていたのが『コメガーゼ』。
細長いガーゼを穴に詰め詰めする方法で、今でもたぶん、多くの医者がこのガーゼを使っていると思われます。

が、このガーゼによるドレーン。はっきり言ってイケてない

汁を吸いきったガーゼは、それ以上中の液体を外に吸い出す力はなく、むしろ表面がガビガビに乾いて「蓋」の状態になってしまいます。乾いたガーゼを引っ張り出すと、中にはまた膿が溜まっていたりすることも多々ありました。

しかも多くの場合、傷にくっついているガーゼをびりびりと剥がすことになるので、患者さんは当然痛い。
そして新たなガーゼを詰め込むときに、また痛い。
これってなんだかなー、と思いつつ、でも他の方法も知らないしなー、と、半分習慣のようにこのガーゼ法でやっていたのがかつてのわたしです。あの時の患者さん、ごめんなさい。

その後、勤務した病院の上司に教わったのが、毛細管現象で液体を吸い上げる機能を有したシリコンチューブを切って切開した傷に挿入する方法。このチューブ、それまで腫瘍の切除手術などでは何度も使っていたのですが、感染したふんりゅうの切開処置で使うのは初めてで、目からウロコ、という気分でした。
ガーゼとは違って、傷にくっつくことは全くないし、傷の内外をつなぐ通路も保たれやすい。処置時の患者さんの痛がり方も、まあ無痛とはいかないけれどガーゼ法とは雲泥の差。「こりゃいいこと教わったわ~」と感動しました。

ただ、このシリコンチューブ法にも多少欠点がありました。
まず、傷が小さいと、チューブをほそ~~~く切って入れるのが、結構大変。そして、しなやかなシリコン製とはいえ、それなりに張りのある素材なので、傷の場所や体勢よってはチューブが傷にあたって結構痛いことがある。些細なこととは言え、できれば何とかして差し上げたい。

ナイロン糸でのドレナージいろいろ

そんな悩みに答えてくれたのが、湿潤治療といえば、の夏井睦先生のHP『新しい創傷治療』
その中の『ループ状ナイロン糸法』 の紹介ページ。
http://www.wound-treatment.jp/next/case/462.htm

(画像は上記リンクから転載)

上記のリンクに出てくる症例はどれも動物咬傷(文字通り咬まれてできた傷)ですが、感染している空間に貯留する液体を除去する、という目的は、感染したふんりゅうの治療でも同じこと。

この方法、本当に素晴らしい。びっくりするくらい空間内の液体がきちんと排出されてきます。そのおかげで、炎症が治まるのも非常にスムーズです。ガーゼ法と比べると、ドレーンを入れておかねばならない期間が確実に短縮されます。そして何より、シリコンチューブと比べても、挿入されている患者さんの、創部の痛みの訴えが非常に少ない。
すごいぞループ状ナイロン糸。ただナイロン糸をくるっとさせているだけなのに・・・・!

現在うちのクリニックでは、炎症を起こしたふんりゅうを切開すると、多くの場合このループ状ナイロン糸を使ってドレナージを行っています。ポケットが細く狭い時には、こより状によりよりしたナイロン糸を挿入することもあります。これも、夏井先生のサイトで勉強した方法。
↑てしまクリニックで実際に使っているこより状ナイロン。手作りです。

大きなポケットを形成している場合には、シリコンチューブも選択しています。

今ではすっかりなじんだこの方法を使うとき、どこか悔しさのようなものを感じている自分が、実はいます。

「小さな疑問」をほうっておかない

ナイロン糸も、シリコンチューブも、私が形成外科医として働き始めて以来、普通に触れていた医療材料です。

でもそれを、切開した粉瘤のドレナージに使おうと、自分で思いつくことはありませんでした。

切開後にはコメガーゼを突っ込めばいい、その方法しか知らないもの。
ドレナージが十分効かない気はするけれど、大きなトラブルは無いからいいじゃない。
仕方ない、仕方ない、仕方ない。

そんな、小さな疑問に目をつぶってしまったかつての自分が、恥ずかしいし、悔しいのです。

きっと今でも自分の中に潜んでいるであろうたくさんの『思考停止案件』に、少しでも敏感でありたい。

治療のたびにこんなことを考えてしまう自分に「めんどくせえなあ」と呆れつつ、まあ、そこが自分らしいなとも思うのでした。