突然の顔のケガで、縫う羽目になったとき
旅行先や夜間に顔などの目立つところにケガをして、現地の病院や夜間救急で縫合の処置を受けると
「顔の傷なので、明日以降形成外科を受診してください」
と言われることがあります。
宛先指定なしの紹介状を持った患者さんが受診することは、うちのクリニックでもそんなに珍しいことではありません。顔などの目立つ場所の傷を、できるだけきれいに治すのは、形成外科医が得意な仕事の一つだと自負しています。
ただ、このような形でせっかく形成外科受診を指示するのであれば、もう一歩進んで
「明日以降『できるだけ早めに』」
の一言を付け加えていただきたい。形成外科医としては。
救急外来に「傷をきれいに治してもらう」を求めてはいけない
他科の外科系医師に、形成外科医と同レベルの「丁寧に、きれいに」縫合することを求める気持ちは、さらさらございません。なぜならばそれは、非専門外来に求めるべきものではないからです。
特に、救急外来救急外来ではまず、命にかかわるものであるかの判断が大事。顔の表面を切っただけ、であれば、本人にとっては一大事でも、その対象ではありません。
次に、翌日の専門外来受診まで、いったん帰宅して「待てる」状態かどうか。
それほど深い傷ではなく、テープで寄せて圧迫するだけで出血が止まるようであれば、縫合せずに帰宅を促すでしょう。
いくら頑張っても出血が収まりづらく、貼ったテープも浮いてしまうようなら、仕方なく止血の目的も兼ねて縫合するかもしれません。
当直が内科医のみであれば、外科系のオンコール(当直はしていないが、必要があれば呼ばれて対応する係)を呼んで縫合してもらうかもしれません。その場合は、そこそこ待ち時間も長くなると思いますが、そういう時間帯にそういう体制の病院を受診したのだから仕方がないというものです。文句を言ってはいけません。
形成外科医の『傷をきれいに治したい』という欲求は、過分にマニアックであるという自覚はあります。
患者さんが、それを救急外来に求めるのは筋違いだと思いますし、「形成外科医を呼べ!!」と怒るのは言語同断です。もちろん、形成外科医を緊急で呼ぶべき外傷も、世の中にはありますが(指を根元のほうで切り落としたときとか)、顔の表面を切っただけではその対象にはなりません。
なので、救急外来で騒ぎ立てて、ただでさえ忙しい当直医と周囲のスタッフを困らせるのはやめましょう。
さすがに何とかしてあげたい縫われかたもある
さて、形成外科医でない医師が、持てる技術と限られた時間で取り急ぎ縫合した傷を携えた患者さんが、うちのクリニックを受診したとします。
そういった患者さんの傷を見ると、毎回、担当した医師の顔が私の頭に浮かんできます。
「ああ、細い糸を使って細かく丁寧に縫ってくれたんだなあ。頑張ってくれたんだなあ。」
ということも、もちろんたくさんあります。その様な傷であれば、通常自分が縫合した時と同様、「縫合から1週間程度で抜糸するので、そのころまた受診してくださいね。」で処置や説明は終わります。
しかしながら、傷を見た瞬間に内心「うわちゃー」と思うこともあります。
それは、顔などの目立つ場所にもかかわらず、太い糸で、ガシガシ縫って、ギュンギュン締め上げて縫合しているとき。「チャーシューか!?」と思うようなボンデージ感。
これの何が問題か。それは、「切って付いた傷のほかに、締め付けた糸の跡も残ってしまう」ところにあります。「魚のホネのような傷跡」とでも表現しましょうか。縦線の長い傷の途中を横切るように、短い線がチョンチョンチョンチョンと入っている、あの傷跡です。
太い糸の場合、その糸が通った穴もそれなりに大きくなりますから、締め上げがそれほど強くなくても糸の通過点には点々と跡が残ってしまうことがあります。
服に隠れるところならまあ仕方ないとしても、これが顔の、髪に隠れない場所となると、いくら何でも気の毒だなあと思うわけです。
そんな時、私ならどうするか、と申しますと、諸所の事情が許すなら、さっさと抜糸しちゃいます。たとえ、縫合した翌日であっても。
さっさと抜糸する理由
本来なら1週間程度置いてからするはずの抜糸を、かなり早く行う理由。それは「本来の傷跡以外につくかもしれない余計な糸の跡」をできるだけ回避するためです。
まだしっかりくっついていない傷を早くに抜糸するということは、傷がまた開いてしまうリスクも負うことになります。それでも、糸の跡を残すより、傷が開いて幅広の跡になってしまうほうが、形成外科医としてはまだマシなのです。
なぜかというと、将来、患者さんがその傷跡を気にして、傷跡を修正する手術を行う場合、傷跡の周りに幅広く糸の跡が残っていると、よりたくさんの皮膚を切除して縫い合わせることになるため、縫合しなおした傷にかかる力は強くなります。よって、せっかく傷跡の修正手術をしても、傷跡の幅は広がりやすくなります。
一方、もともとの傷が開いてしまった場合、縫い直すために切除しなければならないのは瘢痕組織がメインであり、周囲の正常な皮膚の切除は最小限で済みます。そのぶん、皮膚に余裕があるため、縫合もしやすいし、縫い直した傷にかかる張力も小さくなる。よって、傷跡の幅が広がりにくい。
修正手術をする形成外科医も、もちろん患者さんにとっても、ハッピーな結果を得られやすいのは後者です。
早メノ受診ノススメ
こんな風に「早めに抜糸」すれば、他院での縫合がやや残念な出来であっても、最終的にリカバリーが容易です。
しかし、最初に縫合した医師に
「あとは1週間後にほかの病院で抜糸してもらって。ああ、顔だし一応形成外科がいいんじゃないですか。」
なんて風に説明されて、素直に1週間後に受診してしまうと、その時にはすでに糸の跡が、しっかりついてしまっています。
「切れた傷を治す」という意味ではちゃんと仕事は遂行されているわけで、前医を責める筋合いもありませんが、それを見た形成外科医としては
「どうせ形成外科受診を勧めるなら、なぜさっさと診てもらうよう言わなかったんじゃボケエ。1週間たってからじゃ遅いんじゃワレエ。」
と、心中の怒りキャントストップなのでございます。
だから患者さんにはくれぐれも、「とりあえず治療してもらった」傷のことが心配なのであれば、可及的速やかに形成外科にご来院いただきたく思うわけであります。
わかりやすいように、うちのクリニックの患者さんの写真(閲覧注意)
【画像はマウスオーバーまたはクリックでモザイクが取れます。スマホだとモザイクが元に戻らないので、苦手な方はスルーでお願いします。】
前日に帰省先で右眉の中をぱっくり切ってしまった患者さんが受診しました。
現地の病院を受診したもののどうにも血が止まらず、そこの先生も
「とりあえず血を止めないとおうちにも帰れないから縫うけど、ちゃんと他の形成外科で診てもらってね」
と言いつつ縫合してくれたそうです。
で、初診の状態がこちら↓
傷に対して横方向の糸はあまり表面に出ておりません。このような縫合方法は「マットレス縫合」と申します。
傷を横切る方向の糸こそ無いものの、わずかに表面に出ている糸の部分にかかる力はかなり強くなります。
上の写真でも、糸が皮膚にかなり食い込んでいるのが分かります。
放っておくとこの食い込んだ跡が点々と白く残ることになります。
とはいえ眉毛の中だし、早く抜糸することのリスクは上でも書いた通りなので、患者さんにもその辺説明をしてご希望を確認しました。
患者さんは
「できれば先生がよりきれいに治ると思う方法でお願いします」
と言ってくださったので、抜糸させてもらい、テーピングでの固定に切り替えました。
次の日の写真↓
糸の締め付けがなくなり傷の周囲のむくみが減りました。糸の通っていた跡が点々と赤くなっていますが、この感じなら血流は回復して目立たなくなってくれる印象です。
最初の病院での処置から1週間↓
傷はきれいにくっついてくれました。周囲の糸の跡もほとんど目立たなくなっています。患者さんには引き続きテーピングを継続してもらうことになりました。