傷跡のためだけじゃない、早目ノ受診ノススメ

顔のケガで、傷跡のほかにも心配なことがあります。それは「大事な神経が切れている」場合。

通院開始後1週間の診察日、上の患者さんに「何か心配なことはありますか?」とお尋ねしたところ、こんな言葉が返ってきました。

「麻酔って、すごく長いこと効くんですね。」

へ?と思ってよくよく話を聞いてみました。

「最初の病院で縫合してもらったとき、局所麻酔の注射を受けました。で、まだ頭と額の右側が部分的にしびれてるんですよ。麻酔って、ずいぶん長いこと効くものなんだなあと。」

なるほど。でも、それは、麻酔の影響が残っているわけではありませんよ、と言いながら、私は患者さんに解剖学の教科書をお見せしました。

出典 Grant’s atlas of anatomy 10th edition

ちょうど眉毛の生えているあたりから上の方向に向かって走る神経があります(赤丸部)。これは『眼窩上神経』と言って、額や頭皮の知覚を司る神経なのです。患者さん右眉のところをぶつけてケガをしたので、おそらくこの神経がダメージを受け、額や頭皮の右側にしびれ感が残ったのでしょう。

絵を見ながら説明すると患者さんは
「そうですか….わかりやすいですねえ。」
と感心したご様子でした。

局所麻酔の持続時間は、長くとも数時間で切れます。なので、翌日以降のしびれ感は、麻酔の影響ではないと考えられます。さらに詳しくしびれ感の推移について聞いてみると、ここ数日の間にも、しびれの範囲は少しずつ狭まっている感じがする、とのこと。

「縫合前の状態を見ていないので何とも言えませんが、少しずつでもしびれの範囲が狭くなってきているのであれば、神経が完全に切れているのではなく、強く打ったことによる一過性の神経障害の可能性のほうが高いと思います。たとえ最終的にしびれ感が残ったとしても、知覚神経であれば見た目の影響はほとんど無いので、改めて傷を開いて、神経が切れているかどうかを確認する程のことはありません。」

患者さんは説明をしっかり理解してくださり、しびれの理由がわかってよかった、安心した、と言ってくださいました。

さて、今回の患者さんの場合、ダメージを受けていたのは「知覚神経」、つまり、感覚を司る神経でした。

しかし、顔には他にも非常に大事な神経が走っています。それが、顔面の動きを支配する運動神経「顔面神経」。

顔面神経の損傷には要注意

顔面神経はいくつかの枝に分かれ、顔の『表情筋』に信号を送る役割を果たしています。この顔面神経がしっかり働いていなければ、表情を作ることができません。

そして、顔面神経の枝の中でも、ことさら外傷の影響を受けやすいものがあります。それが「側頭枝」。皆さんの眉毛の外上方を走る運動神経で、左右それぞれの額の動きは、この「側頭枝」がさらに枝分かれして支配しているのです(下のイラスト赤丸部)。

出典 Grant’s atlas of antomy 10th edition

参考までに、次の写真は、数年前にこめかみのできものの手術をしてもらった、手術直後の私です。

左側の眉毛が、上がっていないことがお分かりいただけますか?これは、手術の際の局所麻酔の影響が、直後で残っているための「顔面神経側頭枝麻痺」です。もちろん、麻酔が切れたあとは元のように眉毛は動きました。

ですから、眉毛の外側に傷があるときは要注意。傷だけではなく患者さんのお顔の全体像をしっかり見る必要があります。よくよく見ると、切った側の眉毛が、反対側の眉毛に比べると明らかに下がっていることがあり、これは側頭枝の「眉毛を上げる」役割が果たされていない可能性があります。こうなると、形成外科医の私は可及的速やかに大学病院などへ紹介するべく、お話をすることになります。

なぜなら、神経が切れてしまっているかどうか、顕微鏡などを使いながらしっかり調べ、もし切れていれば、切れた神経を細い針と糸でつなぐ処置を受ける必要があるからです。この処置は、うちのクリニックで行うには設備が足りません。

もちろん、上で紹介した患者さんのように、神経自体は切れていなくても、一時的に麻痺の症状が出ることもあるので、本当に大学病院まで行ってもらうかはケースバイケースです。私自身は開業してから過去にお二人ほど、顔面神経の損傷を疑って大学病院へ紹介したことがあります。開業6年で2人ですから、確率としては決して高いものではありません。

ただ、こめかみあたりの傷を見て、この「顔面神経側頭枝」の損傷の可能性を思い浮かべられるのは、外傷治療に当たる形成外科医として、なくてはならない素養だと考えています。

旅先の病院や夜間救急で受ける処置は「とりあえず」のものと心するべし

たまたまふらっと入った飲食店で、素晴らしく美味しいお食事が出てきたら、抱く感想は『ラッキー!』です。

まあまあ食べられるものであれば『こんなもんかな』くらいでしょうか。

激しくマズいものが出てきたら『食べログ調べないで入った店だし、まあ仕方ないか。二度とこないけど。』となるかもしれません。

たとえ食べログでチェックしてから来店したとしても、☆4つの店が自分の口に合うとは限りません。とは言え、レビューを全く見ずに飛び込むよりは、リスク低減の役には立ちます。

突然のケガで(多くのケガは「突然」するものですが)、取り急ぎ受診する病院は、この「レビュー見ないで入った飲食店」と同じようなものです。

それでも、血が止まらないとか、心配だとか、このままでは生活できない、といった理由で受診するわけですから、ぜいたくは言っていられません。そこでどんな医者が出てくるか、当たるも八卦当たらぬも八卦です。

受けた治療や医者の対応が「イマイチかな」と思ったら、後は自分で探して、良さそうな医者のいる病院を受診するしかありません。

病院の場合、情報を発信するにも様々な縛りがあるので、そこから有効な情報を得るのも一苦労ですが、ここは自分のことなので頑張るしかないのです。

もちろん、最初の病院で自分が受けた治療を「これで十分」と思えれば、それはそれで正解だと私は思います。ケガをした、その事実を消せる医者はいませんから、過剰な期待を抱いて放浪するより、よほど幸せな場合もあります。

まとめ

専門分野のことなので、思うところをたくさん書きすぎてしまいましたが、一般の皆様にお伝えしたいことは次のふたつ。

  1. 飛び込みで診てもらった病院での処置に、贅沢は言えない。心配だったら労を惜しまず他を当たろう。
  2. 顔の傷が心配なら、可及的速やかに形成外科専門医に相談しよう。ただし、診療時間内に。

以上。町医者形成外科医が現場からお伝えしました。

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